行列のトレースが満たす大切な性質
最終更新 2018年 4月7日
トレースの定義と例
正方行列 $A$ のトレースとは、行列の対角成分の総和である。$A$ を $n$ 次とし、
$A$ の $ij$ 成分を $A_{ij}$ とするとき、
と定義される。
例
行列
のトレースは、
である。
行列
のトレースは、
である。
トレースの循環性
行列の積のトレースは、
順序を入れ替えた積のトレースに等しい。
すなわち、
$A$ と $B$ をそれぞれ $m \times n$ の行列、
$n \times m$ の行列とするとき、
が成立する。
証明
$A$ を $m \times n$、$B$ を $n \times m$ の行列とすると、
$AB$ は $m \times m$ の行列であり、
トレースの定義より $AB$ のトレースには、
が成り立つ。
ここで行列の積の定義から
であることを用いた。
応用例:
$A$、$B$、$C$ をそれぞれ $m\times n$、$n \times l$、$l \times m$ の行列とするとき、
が成り立つ。
このようにトレースには、
の入れ替えに対する不変性がある。この性質を
トレースの循環性という。
トレースの線形性
$A$ と $B$ を正方行列、
$\alpha$ と $\beta$ を定数とするとき、
が成り立つ。
証明
$A$, $B$ を $n$ 次正方行列とする。
トレースの定義 により、
$\alpha A + \beta B$ のトレースには、
が成り立つ。
トレースを三つの条件で定義
$A$ と $B$ を $n$ 次正方行列とし、
$\alpha$ と $\beta$ を定数とするとき、
関数 $f$ が
の条件を満たすならば、
$f$ はトレースである。
すなわち、
が成立する。
準備
$i$ 行 $j$ 列成分のみが $1$ であり、他の成分が $0$ である $n$ 次正方行列 $E_{ij}$ とする。
$i \neq j$ の場合、次の関係が成立する。
また、任意の正方行列 $A$ を
と表すことが出来る。
ここで $A_{ij}$ は、$A$ の $i$ 行 $j$ 列成分である。
単位行列 $I$ の場合には、
と表される。
以上の関係を用いる。
証明
$n \times n$ の行列 $A$ に対して、
上の準備と条件 $(1)$ を用いると、
$f(A)$ は
と表される。
ここで、
$i \neq j$ の場合
が成り立つが、
条件 $(1)$ の $\alpha = \beta = 0$ の場合を考えると、
$
f(0) = 0
$
であるので、
が成立する。
従って、
$f(A)$ を
と表すことが出来る。
ここで、
上の準備と条件 $(2)$ を用いると、
であるので、全ての $f(E_{ii})$ $(i=1,2,\cdots, n)$ は等しい。
すなわち、
が成り立つ。
従って、
$f(A)$ を
と表せる。
ここで、条件 $(1)$ と $(3)$ を用いると、
が成り立つので、
である。
従って、
である。
トレースの正規直交基底による表現
$A$ を $n$ 次正方行列、
$\{ \mathbf{e}_{1}, \mathbf{e}_{2}, \cdots, \mathbf{e}_{n} \}$ を任意の正規直交基底とするとき、
$A$ のトレースを
と表すことができる。
証明
$n$ 次正方行列 $A$ を成分によって、
と表す。
また、
$\mathbf{b}_{1}, \mathbf{b}_{2}, \cdots, \mathbf{b}_{n} $ を基本ベクトル
とする。
これらによって、 $A$ の対角成分 $A_{ii}$ は
と表される。
したがって、$A$ の
トレースは
と表される。
任意の
正規直交基底を $\{ \mathbf{e}_{1}, \mathbf{e}_{2}, \cdots, \mathbf{e}_{n} \}$ とし、
行列 $R$ を
と定義する。
${\mathbf{e}_{i}}$ と ${\mathbf{b}_{i}}$ は
正規直交基底であるので、
を満たす。
ここで、$\delta_{ij}$ は
クロネッカーのデルタ
である。
これらから、
が成り立つことが分かる。
ここで、
単位行列が正規直交基底を用いた和によって表されること、
を用いた。
これより $RR^{T} = I$ も示されるので (証明は
直交行列は片方のみで定義可能を参考)、
が成立する ($R$ は
直交行列 )。
また $(2)$ から
である ($i=1,2,\cdots,n$)。
これらと
内積と転置の関係から、
が成り立つが、
$(1)$ と同様に考えると、
右辺は行列 $ R A R^{T}$ のトレースであることが分かるので、
が成り立つ。
ここで最後の等式で
トレースの循環性 を用いた。
ユニタリー変換はトレース不変
正方行列 $A$ のユニタリー変換
$ U^{\dagger} A U $ のトレースは、
もとの行列 $A$ のトレースに等しい。
すなわち、
が成り立つ。
転置行列のトレース
正方行列 $A$ の転置行列 $A^{T}$ のトレースは、
$A$ のトレースに等しい。
すなわち、
が成り立つ。
随伴行列のトレース
随伴行列のトレースはもとの行列のトレースの複素共役に等しい。
すなわち、
が成り立つ。
半正定値行列のトレース
半正定値行列 $A$ のトレースは $0$ 以上である。
すなわち
が成り立つ。
行列と転置行列の積のトレースが $0$ の場合は、行列が $0$
正方行列 $A$ と転置行列 $A^{T}$ の積のトレースが $0$ ならば、
$A$ は $0$ 行列である。
すなわち
が成立する。