行列のトレースが満たす大切な性質

最終更新 2018年 2月18日
目次
- トレースの定義と例
- トレースの循環性
- トレースの線形性
- トレースを三つの性質で定義
- トレースの正規直交基底による表現
- ユニタリー変換はトレース不変
- 転置行列のトレース
- 随伴行列のトレース
- 半正定値行列のトレース
- 行列と転置行列の積のトレースが $0$ の場合は、行列が $0$
トレースの定義と例
  正方行列 $A$ のトレースとは、行列の対角成分の総和である。$A$ を $n$ 次とし、 $A$ の $ij$ 成分を $A_{ij}$ とするとき、
トレースの定義
と定義される。

  行列
のトレースは、
である。
  行列
のトレースは、
である。
トレースの循環性
  行列の積のトレースは、 順序を入れ替えた積のトレースに等しい。 すなわち、 $A$ と $B$ をそれぞれ $m \times n$ の行列、 $n \times m$ の行列とするとき、
トレースの循環性
が成立する。

証明
  $A$ を $m \times n$、$B$ を $n \times m$ の行列とすると、 $AB$ は $m \times m$ の行列であり、 トレースの定義より $AB$ のトレースには、
が成り立つ。 ここで行列の積の定義から
であることを用いた。

応用例:
  $A$、$B$、$C$ をそれぞれ $m\times n$、$n \times l$、$l \times m$ の行列とするとき、
が成り立つ。
  このようにトレースには、
の入れ替えに対する不変性がある。この性質をトレースの循環性という。
トレースの線形性
  $A$ と $B$ を正方行列、 $\alpha$ と $\beta$ を定数とするとき、
が成り立つ。

証明
  $A$, $B$ を $n$ 次正方行列とする。 トレースの定義 により、 $\alpha A + \beta B$ のトレースには、
が成り立つ。

トレースを三つの性質で定義
  $A$ と $B$ を $n$ 次正方行列とし、 $\alpha$ と $\beta$ を定数とするとき、 関数 $f$ が
トレースの3つの性質
の性質を満たすならば、 $f$ はトレースである。 すなわち、
が成立する。
トレースの正規直交基底による表現
  $A$ を $n$ 次正方行列、 $\{ \mathbf{e}_{1}, \mathbf{e}_{2}, \cdots, \mathbf{e}_{n} \}$ を任意の正規直交基底とするとき、 $A$ のトレースを
トレースの正規直交基底による表現
と表すことができる。
ユニタリー変換はトレース不変
  正方行列 $A$ のユニタリー変換 $ U^{\dagger} A U $ のトレースは、 もとの行列 $A$ のトレースに等しい。 すなわち、
ユニタリー変換はトレースを不変に保つ
が成り立つ。

証明
  $U$ をユニタリー行列とする。 すなわち、
を満たす行列であるとする。
  $U$ によって 正方行列 $A$ を
と変換する写像をユニタリー変換という。
  このとき、 トレースの循環性を用いると、 変換後の行列 $A'$ のトレースに対し、
が成り立つ。 すなわち、 ユニタリー変換前の行列のトレースと、ユニタリー変換後の行列のトレースは等しい。

補足:
  このように、変換前のトレースと変換後のトレースが等しい写像を保跡写像(trace-preserving map)といい、 物理学の量子力学において大切な役割を担う。ユニタリー変換はその一つである。
転置行列のトレース
  正方行列 $A$ の転置行列 $A^{T}$ のトレースは、 $A$ のトレースに等しい。 すなわち、
転置行列のトレース
が成り立つ。

証明
  $n$ 次正方行列 $A$ の転置行列 $A^{T}$ の $i$ 行 $j$ 列成分は、 行列の転置の定義より、
転置行列のトレース
である ($i,j=1,2 \cdots , n$)。
  これとトレースの定義から、
転置行列のトレース
と表せる。

随伴行列のトレース
  随伴行列のトレースはもとの行列のトレースの複素共役に等しい。 すなわち、
随伴行列のトレース
が成り立つ。
半正定値行列のトレース
  半正定値行列 $A$ のトレースは $0$ 以上である。 すなわち
半正定値行列のトレース
が成り立つ。

証明
  $n$ 次正方行列 $A$ の作用するベクトル空間の任意の正規直交基底を $\{\mathbf{e}_{1}, \mathbf{e}_{2}, \cdots, \mathbf{e}_{n} \}$ と表すとき、 $A$ のトレースは、
と表せる (トレースの正規直交基底による表現を参考)。
  $A$ が半正定値行列の場合、 任意のベクトル $\mathbf{u}$ に対して、
が成り立つので、
である。 したがって
を得る。

行列と転置行列の積のトレースが $0$ の場合は、行列が $0$
  正方行列 $A$ と転置行列 $A^{T}$ の積のトレースが $0$ ならば、 $A$ は $0$ 行列である。 すなわち
行列と転置行列の積のトレースが0の場合は、行列が0
が成立する。