べクトルの内積とは? ~ 具体例と性質 ~
実ベクトル空間の内積の定義
実ベクトル空間 $V$ の任意の二つのベクトル $\mathbf{x}$ と $\mathbf{y}$ のペアを実数にする写像
が
次のルール
を満たすとき、
写像 $(\cdot, \cdot)$ を実ベクトル空間上の
内積と呼ぶ。
ここで $a$ は実定数である。
例 1 標準内積
$n$ 次元実ベクトル空間のベクトル
によって写像
を定義すると、
内積のルール $(1)$ $(2)$ $(3)$ を満たす。
この内積を
標準内積と呼ぶ。
証明
はじめに
であるので、ルール $(1)$ が満たされる。続いて
かつ
であるので、ルール $(2)$ が満たされる。
最後に
であり、
が成り立つので、ルール $(3)$ が満たされる。
以上から、
は内積である。
補足:
物理学やベクトル解析等の分野では、
標準内積
を
ドット積とよび、
と表すことがある。
例 2 実行列の内積
$m \times n$ の実行列
によって写像
を定義すると、
内積のルール $(1)$ $(2)$ $(3)$ を満たす。
ここで $T$ は
転置行列を表し、
$\mathrm{Tr}$ は
トレースを表す
証明
転置行列の諸性質
を用いると、
であるので、ルール $(1)$ が満たされる。
続いて、
トレースの線形性から
かつ
であるので、
ルール $(2)$ が満たされる。
最後に
トレースの定義と
転置行列の定義から
であり、
が成り立つので、ルール $(3)$ が満たされる。
以上から、
は内積である。
複素ベクトル空間の内積の定義
複素ベクトル空間 $V$ の任意の二つのベクトル $\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ のペアを複素数にする写像
が
次の性質
を満たすとき、
写像 $(\cdot, \cdot)$ を複素ベクトル空間上の
内積と呼ぶ。
ここで $*$ は複素共役を表す。
補足:
当サイトでは一部の工学や物理学にならって内積の線形性を
と定義したが、数学では通常
と定義される。
例 1 複素ベクトルの標準内積
$n$ 次元複素ベクトル空間のベクトル
によって写像
を定義すると、
内積のルール $(1)$ $(2)$ $(3)$ を満たす。
この内積を
標準内積と呼ぶ。
証明
はじめに
.
であるので、ルール $(1)$ が満たされる。続いて
かつ
であるので、ルール $(2)$ が満たされる。
最後に
であり、
が成り立つので、ルール $(3)$ が満たされる。
以上から、
は複素ベクトル空間上の内積である。
具体例:
二つの複素ベクトル
の内積は、
である。
例 2 複素行列の内積
$m \times n$ の複素行列
によって写像
を定義すると、
内積のルール $(1)$ $(2)$ $(3)$ を満たす。
ここで $\dagger$ は
随伴行列を表し、
$\mathrm{Tr}$ は
行列のトレースを表す。
補足:
上のように複素行列によって
と定義される内積を
ヒルベルト・シュミット内積という。
一般的には行列だけでなく、
あるクラスの作用素 (無限次元も含む) に対して定義される。
複素内積の反線形性
複素ベクトルの内積は、右側のベクトルについては
と線形であるが、
左側のベクトルについては
と反線形である。
内積とコサイン
任意の実ベクトル $\mathbf{a}$ と $\mathbf{b}$ の間の内積には
の関係を満たす $\theta$ が存在する。
ここで、$\| \cdot \|$ は
内積によるノルムを表す記号である。
$\theta$ を $\mathbf{a}$ と $\mathbf{b}$ の成す角と呼ぶ。
証明
シュワルツの不等式による証明:
シュワルツの不等式によって、
が成り立つ。
$\mathbf{a} \neq 0$ かつ $\mathbf{b} \neq 0$ の場合には、
$$
\tag{1}
$$
が成り立つ。
ところで、余弦関数 $( \cos )$ は区間 $[0, \hspace{0.5mm} \pi]$ において、
$1$ から $-1$ までの値をとる
単調減少関数である。
このことは、
$1$ から $-1$ までのどんな値 $x$ に対しても、
$x=\cos\theta$ を満たす $\theta$ が区間 $[0, \pi]$ のどこかに存在することを意味する(下図参考)。
このことと
$(1)$ から、
$
\frac{(\mathbf{a}, \mathbf{b})}{ \| \mathbf{a} \| \| \mathbf{b} \| }
$
には
を満たす $\theta$ が区間 $[0, \pi]$ のどこかに存在することが分かる。
これより、
と表せる。
三角形を用いた証明
余弦定理によると、
ベクトル $\mathbf{a}$, $\mathbf{b}$ と成す角 $\theta$ の間には、
が成立する(下図)。
左辺を展開すると、
であるので、
が成り立つ。
整理すると、
を得る。
シュワルツの不等式
複素ベクトル空間 $V$ の任意の二つのベクトル $\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ に対して、
\begin{eqnarray}
(\mathbf{u}, \mathbf{v}) \leq \left\| \mathbf{u} \right\| \hspace{1mm} \left\| \mathbf{v} \right\|
\end{eqnarray}
が成り立つ。
ここで $ \| \cdot \| $ はノルム
\begin{eqnarray}
\left\| \mathbf{u} \right\| = (\mathbf{u}, \mathbf{u})^{\frac{1}{2}}
\end{eqnarray}
である。
実内積と転置行列
$\mathbf{x}$ と $\mathbf{y}$ をそれぞれ
$m$ 次と $n$ 次の実ベクトルとし、
$A$ を任意の $m \times n$ の実行列とするとき、
\begin{eqnarray}
(\mathbf{x}, A \mathbf{y}) = (A^{T} \mathbf{x}, \mathbf{y})
\end{eqnarray}
が成り立つ。
ここで、
$A^{T}$ は $A$ の
転置行列である。
複素内積と随伴行列
$\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ をそれぞれ
$m$ 次と $n$ 次の複素ベクトルとし、
$U$ を任意の $m \times n$ の複素行列とするとき、
\begin{eqnarray}
(\mathbf{u}, U \mathbf{v}) = (U^{\dagger} \mathbf{u}, \mathbf{v})
\end{eqnarray}
が成り立つ。
ここで、
$U^{\dagger}$ は $U$ の
随伴行列である。