直交行列 ~ 公式と性質 ~
直交行列の定義
次の関係
を満たす正方行列 $R$ を
直交行列という。
ここで、
$T$ は行列の
転置を表す。
また、$I$ は
単位行列である。
直交行列の具体例
行列
は直交行列である。
直交行列の積
$R$ と $S$ が
直交行列であるとき、
これらの積 $RS$ もまた直交行列である。
すなわち、
が成り立つ。
証明
$R$ と $S$ を直交行列とする。
すなわち、
を満たす行列であるとする。
このとき、
積の転置行列の性質
を用いると、
が成立し、
また、
が成立する。
ゆえに、
が成立するので、
積 $RS$ もまた直交行列である。
直交行列の逆行列
直交行列 $R$ の逆行列は
転置行列である。
すなわち、
である。
証明
一般に正方行列 $A$ の
逆行列とは、
を満たす行列 $B$ である。
このような $B$ を
と表すことになっている。
これを踏まえて、
直交行列の定義
を見てみると、
$R^{T}$ が $R$ の逆行列であることが分かる。
すなわち、
である。
直交行列の行列式
直交行列
$R$ の行列式は
である。
証明
$R$ を直交行列とすると、
が成り立つので、
である。
左辺の行列式は、
積の行列式の性質 ($ |AB| = |A| \hspace{0.5mm} |B| $)
と
転置行列の行列式がもとの行列の行列式に等しいこと
($ |A^{T}| = |A| $)
から
である。
一方で右辺の行列式は、単位行列の行列式であるので $1$ である。
したがって、
を得る。
これより、
である。
直交行列の固有値
直交行列 $R$ の固有値 $\lambda$ は
である。
証明
直交行列 $R$ の固有値を $\lambda$、
固有値ベクトルを $\mathbf{x}_{\lambda}$ とする。
このとき、
実ベクトルの内積の線形性
を用いると、
$R \mathbf{x}_{\lambda}$ 同士の内積が、
と表せる。
一方で、
直交行列の定義と内積と転置行列の間に
の関係があること
(
証明は
転置行列と内積の関係を参考
)
を用いると、
同じ内積が、
のように $\mathbf{x}_{\lambda}$ のノルムの二乗に等しいことが分かる。
したがって、
が成り立つ。
このことと、
$\mathbf{x}_{\lambda} \neq 0$ により
であることから、
を得る。
これより、
である。
直交行列は群を成す
$n$ x $n$ の直交行列全体の集合は、
行列の積に対して以下の3つの性質を持つ。
1. 積もまた直交行列になる。
2. 単位元がある。
3. 逆元がある。
このことから、
$n$ x $n$ の直交行列の集合全体が群を成すことが分かる。
これを
直交群と呼び、$\mathrm{O}(n)$ と表される。
証明
$\mathrm{O}(n)$ を $n$ x $n$ の
直交行列全体の集合とする。
このとき、任意の $r \in \mathrm{O}(n)$ に対して、
が成り立つ。
ここで、
$e_{n}$ は $n$ x $n$ の単位行列である。
さて、
直交行列の積もまた直交行列になるので、
任意の $r,v \in \mathrm{O}(n)$ に対して、
が成り立つ。
また、
単位行列は明らかに
を満たすので、
$e_{n} \in \mathrm{O}(n)$ であり、
任意の $r \in \mathrm{O}(n)$ に対して、
を満たす。
加えて、
任意の $r \in \mathrm{O}(n)$ の転置行列 $r^{T}$ には、
が成り立つことから
( 証明は
転置行列の転置行列を参考 )、
$(1)$ により、
が満たされる。
よって、
$r^{T} \in \mathrm{O}(n)$ であり、
が成り立つので
( $(1)$ と同じ式 )、
$r^{T}$ は $r$ の逆行列でもある。
以上の性質をまとめると、
1. $\mathrm{O}(n)$ の任意の元の積もまた $\mathrm{O}(n)$ の元になる ( $(2)$ のこと )。
2. $\mathrm{O}(n)$ には単位元がある ( $(3)$ のこと )。
3. $\mathrm{O}(n)$ の任意の元には逆元がある ( $(4)$ のこと )。
これらの性質は $\mathrm{O}(n)$ が行列の積に対して群を成していることを表している。
直交行列の同値条件
直交行列 $\Longleftrightarrow$ 内積を不変に保つ
行列 $R$ が直交行列であることと、内積を不変に保つ変換であることは必要十分条件である。
すなわち、
が成り立つ。
ここで $\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ は、
$R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルである。
証明
直交行列 $\Longrightarrow$ 内積を不変に保つ
$R$ を直交行列とし、
$\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ を
$R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルとする。
このとき、
直交行列の定義と
内積と転置行列の関係から、
が成り立つ。
直交行列 $\Longleftarrow$ 内積を不変に保つ
$\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ を
正方行列 $R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルとし、
が成り立つものとする。
このとき、
内積と転置行列の関係から
が成り立つ。
ここで $I$ は単位行列である。
この関係が任意のベクトル
$\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ に対して成り立っているので、
である
(
行列の等号の内積による表現を参考)。
これより、
も示されるので (
片側のみで定義できるを参考)、
である。
直交行列 $\Longleftrightarrow$ ノルムを不変に保つ
行列 $R$ が直交行列であることと、
ノルムを不変に保つ変換であることは必要十分条件である。
すなわち、
が成り立つ。
ここで $\mathbf{u}$ は、
$R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルである。
証明
直交行列 $\Longrightarrow$ ノルムを不変に保つ
$R$ を直交行列とし、
$\mathbf{u}$ を
$R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルとする。
このとき、
直交行列の定義と
内積と転置行列の関係から、
が成り立つ。
したがって、
である。
直交行列 $\Longleftarrow$ ノルムを不変に保つ
$\mathbf{u}$ を
正方行列 $R$ が作用するベクトル空間の任意のベクトルとし、
が成り立つものとする。
この関係が任意のベクトル $\mathbf{u}$ に対して成り立つことから、
$\mathbf{v}$ を任意のベクトルとしたとき、
$\mathbf{u} + \mathbf{v}$ と $\mathbf{u} - \mathbf{v}$ に対しても成り立つ。
すなわち、
が成り立つ。これらより、
である。
両辺を展開すると、
左辺が
となる。ここで実ベクトル空間の内積が入れ替え可能であること、
を用いた。
同じように右辺を展開すると、
となる。
したがって、
が成り立つ。
この関係が任意のベクトル
$\mathbf{u}$ と $\mathbf{v}$ に対して成り立っているので、
である
(
行列の等号の内積による表現を参考)。
これより、
も示されるので (
片側のみで定義できるを参考)、
が成り立つ。
直交行列 $\Longleftrightarrow$ 列ベクトルが正規直交系
行列 $R$ の列ベクトルを
と表すとき、
$R$ が直交行列であることと、
これらが
正規直交系を成すこと
は、
互いに必要十分条件である。
証明
準備
$n$ 次正方行列 $R$ の各成分を
と表し、
$R$ の各列ベクトルを
と表すとき、
$R$ は、
と表わされ、
$\mathbf{r}_{i}^{T} \mathbf{r}_{j}$ は $i$ 列と $j$ 列の内積になる。
すなわち、
が成立する。
これらを踏まえて、
を以下のように証明する。
"直交行列 $\Longrightarrow$ 列ベクトルが正規直交系" の証明
上記の準備から $R^{T}R$ は、
と表せる。
一方で、
$R$ が直交行列であることから、
が成立する。
これらから、
である。
各成分を比べると、
が成立していることが分かる。
ここで、
$i,j=1,2,\cdots, n$ である。
クロネッカーのデルタを用いて表すと、
と表される。
このように、列ベクトル $\mathbf{r}_{i}$ は正規直交系を成す。
"直交行列 $\Longleftarrow$ 列ベクトルが正規直交系" の証明
$R$ の列ベクトルが
正規直交系を成すとする。
すなわち、
を満たすとする。
上記の準備と
転置行列の定義によって、
$R^{T}R$ の $ij$ 成分 $(R^{T}R)_{ij}$ は、
と表せる。
行列の形で表すと、
である。
ところで、
$R^{T}R=I$ であるならば、
$RR^{T} = I$ であるので
(証明は
直交行列は片側のみで定義可能を参考)、
が成立する。
すなわち、$R$ は直交行列である。
その他の性質
片側のみで定義できる
正方行列 $R$ が $R^{T}R=I$ を満たすとき、$RR^{T} = I$ が成立する。
すなわち
が成立する。
このことから、直交行列は
の条件だけで定義できる。
証明
$R$ を直交行列とすると、
定義から
\begin{eqnarray}
R^{T}R=I
\end{eqnarray}
が成り立つ。
これより、$ R^{T}R$ の行列式は
\begin{eqnarray}
| R^{T}R| = 1
\end{eqnarray}
である。
一般に
行列の積の行列式は行列式の積に等しいので、
\begin{eqnarray}
|R^{T}| \hspace{1mm}|R| = 1
\end{eqnarray}
が成立する。
また、
転置行列の行列式ともとの行列式は等しいので、
\begin{eqnarray}
|R^{T}| = |R|
\end{eqnarray}
が成立する。
したがって
\begin{eqnarray}
|R^{T}|^{2} = 1
\end{eqnarray}
である。
これより、
\begin{eqnarray}
|R^{T}| \neq 0
\end{eqnarray}
である。
一般に
行列式が 0 でない行列は逆行列を持つので、
\begin{eqnarray}
(R^{T})^{-1} R^{T} = R^{T}(R^{T})^{-1} = I
\end{eqnarray}
を満たす行列 $(R^{T})^{-1}$ が存在する。
これより
が成立する。
以上から、
である。
実対称行列の対角化
任意の実対称行列 $A$ は、
直交行列によって対角化可能である。
すなわち、
$$
R^{-1} A R = \Lambda
$$
を満たす対角行列 $\Lambda$ と直交行列 $R$ が存在する。
QR分解
任意の正則行列 $X$ は、
直交行列 $R$ と上三角行列 $T$ の積に分解できる。
すなわち、
と分解できる。
この分解を
QR分解 (QR-decomposition)という。
極分解
任意の実正方行列 $M$ は、
直交行列 $R$ と半正定値行列 $P$ の積に分解するできる。
すなわち、
と分解できる。
この分解を
極分解 (polar decomposition)という。