転置行列の性質と公式
転置行列の定義
ある行列の行成分と列成分を入れ替えた行列をその行列の
転置行列という。
行列 $A$ の転置行列を $A^{T}$ とすると、
が各成分に対して成り立つ
(添え字の順序が入れ替わっていることに注意)。
解説
転置行列 $A^{T}$ の $i$ 行 $j$ 列成分 $(A^{T})_{ij}$ は、
もとの行列 $A$ の $j$ 行 $i$ 列成分 $A_{ji}$ に等しい。
例えば、$ i=1, j=2$ の場合、
が成り立つ。また、$ i=2, j=1$ の場合には、
が成り立つ。
したがって、
転置行列ともとの行列では、
各成分が対角成分を挟んで入れ替わった関係にある。
また
$(A^{T})_{ii} = A_{ii}$ であるので、
対角成分は値を変えない。
転置行列は一般にはもとの行列と型が異なる。
すなわち、
もとの行列 $A$ が $m$ 行 $n$ 列の行列の場合には、
転置行列 $A^{T}$ は $n$ 行 $m$ 列の行列になる。
$A$ が正方行列の場合には、型は変わらずに成分だけが入れ替わる。
ベクトルに対しても転置が定義される。
$n$ 個の要素を持つ縦ベクトルは
転置によって、
$n$ 個の要素を持つ横ベクトルに変換される。
様々な行列が転置行列によって定義される。
以下に代表的なものを記す。
具体例
行列
の転置行列は、
である。
行列
の転置行列は、
である。
内積と転置
$A$ を任意の $m \times n$ の行列とし、
$\mathbf{x}$ と $\mathbf{y}$ をそれぞれ
任意の $m$ 次元ベクトルと
$n$ 次元ベクトルとする。
このとき、次の同値関係が成り立つ。
この同値関係により、
を $B$ が $A$ の転置行列であることの定義としてもよいことが分かる。
証明
$
(\mathbf{x}, A \mathbf{y}) = (B\mathbf{x}, \mathbf{y})
\hspace{2mm}
\Longrightarrow
\hspace{2mm}
B= A^{T}
$
の証明
$A$ を任意の $m \times n$ の行列とし、
と表す。また、
$\mathbf{x}$ と $\mathbf{y}$ をそれぞれ
任意の $m$ 次元ベクトルと
$n$ 次元ベクトルとし、
と表す。
このとき、
が成り立つとすると、
行列の積の定義と
内積の定義から、
右辺は、
と表される。
一方、左辺は
と表せる。
これらより、
が成り立つが、書き換えると、
である。この関係が任意の $x_{i}$ と $y_{j}$ に対して成り立つので、
が成り立つ
(
補足を参考)。
これは $B$ が $A$ の
転置行列であることを表している。
すなわち、$B^{T} = A $ である。
$
B= A^{T}
\hspace{2mm}
\Longrightarrow
\hspace{2mm}
(\mathbf{x}, \hspace{1mm}A \mathbf{y}) = (B\mathbf{x}, \hspace{1mm} \mathbf{y})
$
の証明
$B= A^{T}$ であると仮定すると、
転置行列の定義から
である。一方で、
であるので、
が成り立つ。
補足:
以下の関係
が任意の $x_{i}$ と $y_{j}$ に対して成り立つとすると、
これは、
の場合にも成り立つ。
これらから、
であるので、$B_{12} = A_{21}$ である。
他の成分にも同じように考えると、
を得る。
積の転置行列
行列 $A$ と $B$ の積の転置行列は、
積の順序を逆にした転置行列の積に等しい。
すなわち、
が成り立つ。
証明
$A$ を $l \times m$ の行列、
$B$ を $m \times n$ の行列とする。
このとき、
積 $AB$ の転置行列の $i$ 行 $j$ 列成分 $(AB)^{T}_{ij}$ に対し、
転置行列の定義と行列の積の定義から、
が成り立つ。
これより、
である。
転置行列の逆行列
行列 $A$ が
正則行列であるとき、
$A$ の転置行列 $A^{T}$ もまた正則行列であり、
逆行列は $(A^{-1})^{T}$ である。
すなわち
が成り立つ。
証明
行列 $A$ が
逆行列を持つとする。 すなわち、
を満たす $A^{-1}$ が存在するとする。
積の転置行列の性質
を $A^{-1}A$ に対して適用すると、
上の第一式から、
が成り立ち、
上の第二式から、
が成り立つことが分かる。
まとめると、
である。
この式は $(A^{-1})^{T}$ が $A^{T}$ の逆行列がであることを表している。
従って、$A^{T}$ には逆行列 $(A^{T})^{-1}$ が存在し
($A^{T}$ は正則行列であり)、
である。
転置行列の行列式
$A$ を正方行列とするとき、$A$ の転置行列 $A^{T}$ の行列式 $|A^{T}|$ は、
もとの行列 $A$ の行列式 $|A|$ に等しい。すなわち、
である。
証明
$n$ 次正方行列 $A$ の転置行列 $A^T$ の行列式は、
定義より
である。
ここで $\sigma$ は置換を表し、$S_{n}$ は置換全体の集合である。
また $\mathrm{sgn}(\sigma)$ は置換符号である(
行列式の定義を参考)。
転置行列の定義より $A_{ij}^{T} = A_{ji}$ であるので、
と表せる。
一般に置換 $\sigma$ が全単射であるので、
逆写像 $\sigma^{-1}$ が存在し、
を満たす $(i=1,2,\cdots,n)$。
これを用いると、
と表せる。
$\{ \sigma(1), \sigma(2), \cdots, \sigma(n) \}$ は
$\{ 1, 2, \cdots, n \}$ の順番を入れ替えたものであるので、
どれか一つの $j$ $(j=1,\cdots,n)$ が必ず $\sigma(j) = 1$ を満たす。このことから
と表してよい。最後の行は積の順番を入れ替えただけである。
同じように、
$\{ \sigma(1), \sigma(2), \cdots, \sigma(n) \}$ のうちどれか一つの $k$ $(k=1,\cdots,n)$ が必ず $\sigma(k) = 2$ を満たす(ただし $k\neq j$ である)。
このことから
と表してよい。
以下同様の手順を最後まで繰り返すことによって
を得る。
ここで、偶置換の逆置換もまた偶置換であり、奇置換の逆置換もまた奇置換であるので、
$\mathrm{sgn}(\sigma^{-1}) = \mathrm{sgn}(\sigma)$ が成立することから、
と表せる。
ところで $\sigma$ が $\{1,2,\cdots,n\}$ を同じ $\{1,2,\cdots,n\}$ に写す写像であることから、
置換 $\sigma$ 全体の集合 $S_{n}$ と、逆置換 $\sigma^{-1}$ 全体の集合は一致する。
従って、
$\sigma$ 全体に渡る総和 $\sum_{\sigma \in S_{n}}$ は、
$\sigma^{-1}$ 全体に渡る総和 $\sum_{\sigma^{-1} \in S_{n}}$ に一致する。このことから、
と表してよい。
最後に $\sigma^{-1} = \xi $ と置くと
を得る。
例
行列 $A$ が
であるとき、
である。
一方、
であるので、
である。したがって、
が成り立つ。
転置行列の線形性
$\alpha$ を定数とするとき、行列 $A$ と $B$ には
が成り立つ。
証明
$A$ と $B$ を $m \times n$ の行列とし、
各成分を
と表す。
このとき、
定義より
であるので、
が成り立つ。
また、
が成り立つ。
転置行列の転置行列
行列 $A$ の転置行列の転置行列は、もとの行列の積に等しい。すなわち、
が成り立つ。
証明
任意の成分に対して
転置行列の定義から、
が成り立つ。ゆえに、
である。
転置行列のトレース
$A$ を正方行列とするとき、$A$ の転置行列 $A^{T}$ のトレースは、$A$ のトレースに等しい。すなわち、
である。
証明
$n$ 次正方行列 $A$ の転置行列 $A^{T}$ の $i$ 行 $j$ 列成分は、
行列の転置の定義より、
である ($i,j=1,2 \cdots , n$)。
これと
トレースの定義から、
が成り立つ。
転置行列の固有値
転置行列の固有値は、
もとの行列の固有値と等しい。
転置行列のランク
転置行列のランクは、
もとの行列のランクに等しい。
すなわち、
が成り立つ。
証明
任意の行列を $A$ と表す。
一般に行列のランクは、
その行列に含まれる
線形独立な行の総数に等しいので、
$A$ の転置行列 $A^{T}$ に対しても、
が成立する。
転置行列 $A^{T}$ の各行は、
元の行列 $A$ の各列を転置しただけのものであるので、
転置行列の行に対して成立する線形独立性は、
元の行列の列に対して成立する。
よって、
が成立する。
ところで、上の式の右辺は、行列 $A$ の
ランクの定義そのものである。
すなわち、
である。
以上より、
転置行列 $A^{T}$ のランクは、元の行列のランク $A$ に等しいことが分かる。