行列が対角化であるための必要十分条件とその証明

  $n$ 次元ベクトル空間 $V$ 上の $n$ 次正方行列を $A$ とする。 また、$A$ の固有値 $\lambda$ の固有空間を $E_{\lambda}$ と表す。 このとき、次の3つの条件は、互いに必要十分条件である。

$(\mathrm{S}1) \hspace{1mm}$ 行列 $A$ が対角化可能

$(\mathrm{S}2) \hspace{1mm}$ 固有値 $\lambda$ の重複度が、固有空間 $E_{\lambda}$ の次元に等しい。

$(\mathrm{S}3) \hspace{1mm}$ 固有値の異なる固有空間の次元の総和が、ベクトル空間 $V$ の次元 $n$ に等しい。

準備
  $n$ 次正方行列 $A$ の固有ベクトルと固有値とは、
$$ \tag{1} $$ を満たす
$$ \tag{2} $$ のベクトル $\mathbf{a}$ と値 $\lambda$ である。 $(1)$ は、
$$ \tag{3} $$ と表せる。ここで $I$ は単位行列である。 $(3)$ は 同次連立一次方程式であるため、 $(2)$ を満たす解を持つことと、 係数行列の行列式が $0$ であることが同値であることが知られている (証明は同次連立一次方程式が自明な解以外の解を持つ場合を参考)。 よって、$(3)$ と
$$ \tag{4} $$ は同値である。 ここで $|\cdot |$ は行列式を表す記号である。 $(4)$ を固有方程式という。
  $(4)$ は固有値 $\lambda$ に関する $n$ 次方程式であるので、 代数学の基本定理によって、 $n$ 個の解が存在する。ここではそれらを
$$ \tag{5} $$ と表す。 解 $(5)$ の中には値が等しいものがあってもよい。 そこで、$(5)$ の中の $m$ 個の値 $\lambda_{i}, \lambda_{i+1}, \cdots, \lambda_{i+m}$ が等しいと仮定する。 すなわち、
$$ \tag{6} $$ であるとする。このような $m$ を固有値 $\lambda_{i}$ の重複度という。
  固有値 $\lambda_{i}$ を持つベクトルの全体を $E_{\lambda_{i}}$ とする、すなわち、
$$ \tag{7} $$ を満たすベクトル $\mathbf{a}_{i}$ の全体を $E_{\lambda_{i}}$ と表すと、 $E_{\lambda_{i}}$ は部分空間を構成し、 固有値 $\lambda_{i}$ の固有空間と呼ばれる。

  これらを踏まえて、以下では、
を証明することにより、3つの条件が互いに必要十分条件であることを明らかにする。
$(\mathrm{S}1) \hspace{2mm} \Longrightarrow \hspace{2mm} (\mathrm{S}2)$
  $(\mathrm{S}1)$「 行列 $A$ が対角化可能 」 であるならば、 $(\mathrm{S}2)$「 固有値 $\lambda$ の重複度が、固有空間 $E_{\lambda}$ の次元に等しい」 ことを証明する。
証明
  $(7)$ から
$$ \tag{8} $$ が成立するが、 これは同次連立一次方程式である。 したがって、同次連立一次方程式 $(8)$ の解全体が構成するベクトル空間が固有空間 $E_{\lambda_{i}}$ である。
  一般に、$n$ 次正方行列 $B$ を係数行列とする同次連立一次方程式 $B \mathbf{x} = 0$ の解 $\mathbf{x}$ 全体が構成するベクトル空間(解空間)の次元は、 $n - \mathrm{rank}(B)$ である (証明は解空間の次元を参考)。 このことから、 $E_{\lambda_{i}}$ の次元は、
である。 ここで、$\mathrm{rank}(\cdot)$ は行列のランクを表す記号である。
  条件 $(\mathrm{S}1)$ により、 行列 $A$ が対角化可能であるので、
$$ \tag{9} $$ を満たす正則行列 $P$ と対角行列 $\Lambda$ が存在するが、 ある行列に正則行列を掛けてもランクは変わらないことから、 $(9)$ より、
が成立する。よって、
$$ \tag{10} $$ である。 $\Lambda$ は $A$ を対角化した行列であり、 対角化した行列の対角成分は、もとの行列の固有値に等しいことから、 $\Lambda$ は、
と表される ($(6)$を参考) 。 一方で $ \lambda_{i}I$ は、 \begin{eqnarray} \lambda_{i} I = \left[ \begin{array}{cccc} \lambda_{i} & \\ & \ddots & \\ & & \lambda_{i} \\ \end{array} \right] \end{eqnarray} であるので、再び $(6)$ に注意すると、
随伴行列の定義
である。よって、$\lambda_{i}I - \Lambda$ は $m$ 個の対角成分が $0$ であり、 残りの $n-m$ 個の対角成分は $0$ でない $n$ 次対角行列である。 したがって、 $\lambda_{i}I - \Lambda $ のランクは
随伴行列の定義
$$ \tag{11} $$ であることが分かる。 より正確には、次のように考えるとよい。 すなわち、 $\lambda_{i}I - \Lambda $ に含まれる線形独立な行ベクトルの数は $n-m$ 個であり、 一般に行列のランクがその行列に含まれる線形独立な行ベクトルの数に等しいことから、 $(11)$ が得られる
  以上の $(10)$ と $(11)$ から、
を得る。すなわち、 固有空間の次元は解の重複度に等しい $(\mathrm{S}2)$ 。

$(\mathrm{S}2) \hspace{2mm} \Longrightarrow \hspace{2mm} (\mathrm{S}3)$
  $(\mathrm{S}2)$「 固有値 $\lambda$ の重複度が、固有空間 $E_{\lambda}$ の次元に等しい」 ならば、 $(\mathrm{S}3)$ 「固有値の異なる固有空間の次元の総和が、ベクトル空間 $V$ の次元 $n$ に等しい 」 ことを証明する。
証明
  固有方程式 $(4)$ は $n$ 次方程式であるので、 代数学の基本定理によって、 必ず $n$ 個の解
$$ \tag{12} $$ を持つ。いま、この中に値の異なる解が $r$ 種類だけあるとし、 それらを
$$ \tag{13} $$ と表す。また、 $(12)$ の中に $(13)$ のそれぞれが $m_{1}, m_{2}, \cdots, m_{r}$ 個ずつ含まれるとする。 すなわち、
であるとする。 このとき、 $m_{1}, m_{2}, \cdots, m_{r}$ の合計数は解の総数 $n$ に等しくなくてはならないので、
が成り立つ。
  上の準備で述べたように、 それぞれの $m_{i}$ は解の $\overline{\lambda}_{i}$ の重複度である。 よって、$(\mathrm{S}2)$ を仮定すると、
が成立する。 ここで、$\mathrm{dim} E_{\overline{\lambda}_{i}}$ は固有空間 $E_{\overline{\lambda}_{i}}$ の次元である。 これらより、
が成り立つ。 すなわち、 固有値の異なる固有空間の次元の総和がベクトル空間 $V$ の次元 $n$ に等しい $(\mathrm{S}3)$ 。

$(\mathrm{S}3) \hspace{2mm} \Longrightarrow \hspace{2mm} (\mathrm{S}1)$
  $(\mathrm{S}3)$「行列 $A$ の固有値の異なる固有空間の次元の総和が、ベクトル空間 $V$ の次元 $n$ に等しい 」 ならば、 $(\mathrm{S}1)$ 「行列 $A$ が対角化可能 」を証明する。
証明
  $A$ の 固有値の中に異なるものが $r$ 種類だけあるとし、 それらを
$$ \tag{14} $$ と表す。また、それぞれの固有空間を
と表す。
  一般にベクトル空間の次元とは、 その空間に含まれる線形独立なベクトルの最大数である。 よって、 各固有空間には、その固有空間の次元の数だけの線形独立なベクトルが存在する。 そこで、固有空間の $E_{\overline{\lambda}_{j}}$ $(j=1,2,\cdots, r)$ の次元を $d_{j}$ とすると、 この空間の中には線形独立なベクトルが $d_{j}$ 個ある。それらを
$$ \tag{15} $$ と表すと、仮定 $(\mathrm{S}3)$ により、固有空間の次元の総和が
であるので、$(15)$ の $j$ に渡る総数は $n$ 個である。すなわち、
$$ \tag{16} $$ の総数は $n$ 個である。
  ところで、固有値の異なる固有ベクトルは線形独立であるので、 $(16)$ の異なる行にあるベクトル同士は常に線形独立である (すなわち $\mathbf{p}^{j}_{k}$ と $\mathbf{p}^{j'}_{l}$ $(j\neq j')$ は線形独立)。 もともと 同じ行にあるベクトル同士も線形独立であったので、 次の結論を得る。すなわち、 $(16)$ のベクトルの全ては互いに線形独立であり、 その総数が $n$ 個である。
  $(16)$ の総数が $n$ であることから、これらを一つに並べて
と表すことができる。 これは $(16)$ のベクトルを並べ直しただけであるので、 それぞれの $\mathbf{p}_{i}$ は互い線形独立であり、 かつ、$A$ の固有ベクトルである。
ここで、 $\lambda_{i}$ は固有値 $(14)$ のうちのどれかの値である。
  以上のことに注意して、 行列 $P$ を
と定義し、 $A$ を掛けると、
$$ \tag{17} $$ が成り立つ。 ここで、対角行列 $\Lambda$ を
と定義した。
  行列 $P$ を成す列ベクトルは、全て線形独立である。 一般に、 列ベクトルが互いに線形独立な行列には逆行列が存在するので、 $P$ には逆行列 $P^{-1}$ が存在する。 これを $(17)$ の両辺に掛けることにより、
を得る。 よって、行列 $A$ は対角化可能である $(\mathrm{S}1)$。