ベクトル空間の基底・直交基底・正規直交基底
ベクトル空間の基底と次元
ベクトル空間
$V$ に
$n$ 個の
線形独立なベクトル
$$
\tag{1}
$$
があるとし、
$V$ に属する任意のベクトル $\mathbf{w}$ は必ず
と表されるとする ($\alpha_{i}$ は係数)。
このとき、
$(1)$ をベクトル空間 $V$ の
基底 (basis) または
基 と呼ぶ。
また、基底の数 $n$ を $V$ の
次元といい、
と表される。
具体例 1: 基底
二つのベクトル
は、
$2$ 次元実ベクトル空間 $V_{2}$ の
基底を成す。
なぜなら、
$V_{2}$ の任意のベクトル
は、$\mathbf{v}_{1}$ と $\mathbf{v}_{2}$ の線形結合によって、
と表せるからである (下図)。
逆に言うと、
$2$ 次元実ベクトル空間 $V_{2}$ は $(1)$ の線形結合によって定義される。
ただし、
$V_{2}$ を定義できる基底は一つだけではなく、無数に存在する。
一方で、
は、
$V_{2}$ の基底を成さない。
なぜなら、
これらの線形結合によって
$V_{2}$ の任意のベクトル $\mathbf{u}$ を表すことはできない。すなわち、
$\mathbf{u} = a\mathbf{v}_{1}'+ b\mathbf{v}_{2}' $ とする $a$ と $b$ が存在しない
(
連立一次方程式の解の存在 を参考)。
直交基底の定義
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ の基底
の
内積が互いに直交するとき、
すなわち、
を満たすとき、
直交基底 (orthogonal basis) という。
具体例 2: 直交基底
二つのベクトル
$$
\tag{1}
$$
は、
$2$ 次元実ベクトル空間 $V_{2}$ の
直交基底を成す。
なぜなら、
互いの基底ベクトルが
を満たす(直交する)からである。
直交するベクトルは線形独立であるので、
ベクトル $(1)$ は $V_{2}$ の基底を成す (「
次元と同じ数の線形独立なベクトル=基底」を参考)。
実際 $V_{2}$ の任意のベクトル
は、
$\mathbf{v}_{1}$ と $\mathbf{v}_{2}$ の線形結合によって、
と表せる。
一方、
例 1 で確かめたように
は基底を成すが、
であるので、
直交基底ではない。
正規直交基底の定義
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ の基底
の
内積が互いに直交し、
ノルムが $1$ のとき、
すなわち、
を満たすとき、
正規直交基底 (orthonormal basis) という。
ここで $\delta_{ij}$ は
クロネッカーのデルタである。
具体例 3: 正規直交基底
二つのベクトル
$$
\tag{1}
$$
は、
$2$ 次元実ベクトル空間 $V_{2}$ の
正規直交基底を成す。
なぜなら、
互いの基底ベクトルが
を満たす(互いに直交し、ノルムが $1$ になる)からである。
直交するベクトルは線形独立であるので、
ベクトル $(1)$ は $V_{2}$ の基底を成す (「
次元と同じ数の線形独立なベクトル=基底」を参考)。
実際 $V_{2}$ の任意のベクトル
は、$\mathbf{v}_{1}$ と $\mathbf{v}_{2}$ の線形結合によって、
と表せる。
一方、
例 2 で確かめたように
は
直交基底を成すが、
であるので、
正規直交基底ではない。
正規直交基底による展開
任意のベクトル
$\mathbf{x}$
は、
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ の正規直交基底
によって、
と表せる。
証明
$\{ \mathbf{v}_{i} \}$ が
基底を成すので、
任意のベクトル
$\mathbf{x}$
を
と線形結合で表せる。
ここで $x_{i}$ は係数であり、
$\{ \mathbf{v}_{i} \}$ が
正規直交基底を成すことから、
と求まる。
これらより、
と表せる。
次元と同じ数だけある線形独立なベクトル = 基底
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に含まれる $n$ 個の互いに
線形独立なベクトル
は、
$V$ の
基底を成す。
証明
$n$ 個のベクトル
$$
\tag{1}
$$
が、
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ のベクトルであり、
互いに
線形独立であるとする。
$V$
の任意の
基底を
とすると、
$(1)$ は $V$ のベクトルであるので、
これらの線形結合によって表すことができる。
すなわち、
$$
\tag{2}
$$
と表せる。
ここで
$C_{ij}$ は線形結合の係数である。
係数 $C_{ij}$ によって、
ベクトル $\mathbf{c}_{i}$ $(i=1,2,\cdots, n)$ を
と定義し、
係数 $\alpha_{i}$ $(i=1,2,\cdots, n)$ が
$$
\tag{3}
$$
を満たすとする。
成分で表すと、
である。
これより、
が成立する。
この式を $\alpha_{i}$ についてまとめると、
となる。
$(2)$ を用いると、この式を
$$
\tag{4}
$$
と表せる。
$(1)$ が互いに
線形独立なので、
$(4)$ から、
$$
\tag{5}
$$
が成立する。
以上から、
$(3)$ を満たす係数 $\alpha_{i}$ が $(5)$ になるので、
$\mathbf{c}_{1}, \mathbf{c}_{2}, \cdots, \mathbf{c}_{n}$ は互いに
線形独立なベクトルである。
そこで、
これらを用いて 行列 $C$ を
と定義すると、
$C$ は列ベクトルが互いに線形独立な行列になるので、
逆行列 $C^{-1}$ が存在する (証明は「
行列が正則行列 ⇔ 列ベクトルが線形独立」を参考)。
また、
$C$ を用いて
$(2)$ を
とまとめて表すことが出来る。
これらより、
$$
\tag{6}
$$
が成立する。
ここで、
$C^{-1}$ の各成分を
とすると、
$(6)$ から
$$
\tag{7}
$$
が成立する。
よって、
基底 $\{ \mathbf{v}_{i} \}$ は $\{ \mathbf{w}_{i} \}$ の線形結合によって表される。
さて、
$\{ \mathbf{v}_{i} \}$ は $V$ の基底であるので、
$V$ の任意のベクトル $\mathbf{x}$ を線形結合によって、
のように表すことができる。
これに $(7)$ を代入して整理すると、
となる。
よって、
ベクトル空間 $V$ の任意のベクトル $\mathbf{x}$ は、
$\{ \mathbf{w}_{i} \}$ の線形結合によって表される。
以上まとめると、
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ の任意のベクトルは、
$V$ に含まれる $n$ 個の互いに線形独立なベクトル $\{ \mathbf{w}_{i} \}$ の線形結合によって表される。
ゆえに、
$\{ \mathbf{w}_{i} \}$ は
$V$ の
基底を成す。
任意のベクトルを含む基底の存在
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ には、
$0$ でない任意のベクトル $\mathbf{x}$ を含む互いに線形独立なベクトル $n$ 個のベクトル
が存在する。
したがって、
$V$ には
$0$ でない
任意のベクトルを含む基底が存在する。
証明
ベクトル空間 $V$ の任意のベクトルを $\mathbf{x}$ とし、
$V$ の
基底を
$$
\tag{1}
$$
とする。
$(1)$ に含まれるどれかの $\mathbf{v}_{i}$ と $\mathbf{x}$ が等しい場合、
$(1)$ が $\mathbf{x}$ を含む互いに
線形独立なベクトル $n$ 個のベクトルになるので、
上の主張が成立する。
そこで、$(1)$ に含まれるどの $\mathbf{v}_{i}$ とも $\mathbf{x}$ が等しくない場合を考える。
$(1)$ は $V$ の
基底であるので、$\mathbf{x}$ は $(1)$ の線形結合によって表されうる。
すなわち、
$$
\tag{2}
$$
と表せる ($c_{i}$ は係数)。
$\mathbf{x} $ は $0$ ではないので、全ての $c_{i}$ が $0$ であることはない。
そこで、ここでは、
$$
\tag{3}
$$
であるとする。
ここで係数 $d_{i}$ $(d=1,2,\cdots, n)$
$$
\tag{4}
$$
を満たすとすると、$(2)$ によってこの式を
と表されるが、
$(1)$ が互いに
線形独立であるので、
各係数は $0$ に等しい。
すなわち、
が成り立つ。
$(3)$ と最後の式から $d_{n} = 0$ を得る。
これを他の式に代入すると、
$$
\tag{5}
$$
が示される。
したがって、$(4)$ を満たす係数 $d_{i}$ が
$(5)$ になることが示されたので、
$$
\tag{6}
$$
は、互いに
線形独立なベクトルである。
以上より、
任意のベクトル
$\mathbf{x}$ を含む互いに
線形独立な $n$ 個のベクトルが存在することが示された。
また、
$(6)$ はベクトル空間 $V$ の次元と同じ数の線形独立なベクトルであるので、
基底を成す(
次元と同じ数だけある線形独立なベクトル = 基底 を参考)。
(ここでは、$(3)$ を仮定して証明を行ったが、これ以外の $c_{i}$ を $c_{i} \neq 0$ と仮定しても、同様の証明が可能である。)
部分空間の基底を含む基底
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に含まれる $d$ 次元
部分空間を $W$ とし、$W$ に含まれる $d$ 個の互いに線形独立なベクトル ($W$ の
基底) を
とする。
このとき
$V$ には、
$W$ の基底を含む基底
が存在する。
すなわち、
ベクトル空間には
部分空間の任意の基底を含む基底が存在する。
証明
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に含まれる $d$ 次元部分空間を $W$ とし、
$W$ に含まれる $d$ 個の互いに線形独立なベクトル ($W$ の
基底) を
$$
\tag{1}
$$
とする。
また $V$ の
基底を
$$
\tag{2}
$$
とする。
$(1)$ は $V$ に含まれるベクトルであるので、
$(1)$ を $(2)$ の線形結合によって表すことができる。
すなわち、
$$
\tag{3}
$$
と表せる。
ここで、
$C_{ij}$ は線形結合の係数である。
ここで、
ベクトル $\mathbf{c}_{1}, \mathbf{c}_{2}, \cdots, \mathbf{c}_{d}$ を
$$
\tag{4}
$$
と定義し、
係数 $\alpha_{i}$ が
$$
\tag{5}
$$
を満たすとする。
成分で表すと、
である。
これより、
が成り立つ。
この式は、
次のようにも表される。
これは、
$(2)$ により、
$$
\tag{6}
$$
と表せる。
$(1)$ は互いに線形独立なので、
$(6)$ から、
$$
\tag{7}
$$
が成り立つ。
以上から
$(5)$ を満たす係数 $\alpha_{i}$ が
$(7)$ になるので、
$(4)$ は互いに線形独立なベクトルである。
そこで、
行列 $C$ を
$$
\tag{8}
$$
と定義すると、
$C$ は列ベクトルが互いに線形独立な $d \times n$ の行列になる。
したがって、
$C$ を
簡約化した行列 $C_{e}$ は、
基本ベクトルのみを列ベクトルに持つ次の形の行列になる。
すなわち、
$$
\tag{9}
$$
の形になる
(証明は
列が線形独立な行列の簡約化を参考)。
ここで基本ベクトルを
と定義すると、
$C_{e}$ は、
$$
\tag{10}
$$
と表せる。
ところで、$n \times n$
の単位行列は基本ベクトルによって、
と表せるが、
これは
$(10)$ により、
とも表せる。
こうして表した単位行列 $I$ に対して、
$(8)$ から $(9)$ へと変形させる際に行った
行基本変形の逆変換となっている行基本変形を行う。
すると、
$1$ 列から $d$ 列までの部分行列 $C_{e}$ は、
簡約化前の行列 $C$ へ逆戻りし、
次の形の正方行列が現れる。
が現れる。
この中の
の部分は、
$I$ の $d+1$ 列から $n$ 列までの部分
を
行基本変形した結果として現れる列ベクトルである。
単位行列 $I$ の列ベクトルは基本ベクトルであるので、
互いに
線形独立なベクトルである。
一方で
$C'$ は、単位行列 $I$ を行基本変形して得られる行列である。
このことから、
$C'$ の列ベクトル
$$
\tag{11}
$$
は互いに線形独立なであることが分かる。
なぜなら、
一般に
行基本変形が列ベクトルの線形独立性を保つからである。
ここで、$\mathbf{c}'_{d+1}, \mathbf{c}'_{d+2}, \hspace{1mm} \cdots \hspace{1mm} \mathbf{c}'_{n}$ の各成分を
$$
\tag{12}
$$
と表し、
これらの成分によって、
ベクトル
$
\mathbf{w}'_{d+1}, \mathbf{w}'_{d+2}, \cdots, \mathbf{w}'_{n}
$
を
$$
\tag{13}
$$
と定義する。
$(1)$ の $d$ 個のベクトルと、
$(13)$ の $n-d$ 個のベクトルを合わせた $n$ 個のベクトル
に対して、
係数 $\alpha_{i}$ $(i=1,2,\cdots,d,d+1,\cdots,n)$ が
$$
\tag{14}
$$
を満たすとする。
$(3)$ と $(13)$ より、
これは、
と表せるが、
$\mathbf{v}_{i}$ についてまとめると、
である。
$\mathbf{v}_{1}, \cdots, \mathbf{v}_{n}$ が
線形独立であるので、
が成立する。
$(4)$ と $(12)$ より、これらは、
と表される。
すると、
$(11)$ が互いに
線形独立なベクトルであることから、
$$
\tag{15}
$$
が成り立つ。
$(14)$ を満たす $\alpha_{i}$ が $(15)$ であるので、
$$
\tag{16}
$$
は、
互いに
線形独立なベクトルである。
このように、部分空間 $W$ の基底
に、上で定義した $n-d$ 個のベクトル
を追加することによって、
$n$ 個の線形独立なベクトル ($V$ の
基底)を構成することができる。
言い換えると、
ベクトル $V$ には部分空間 $W$ の任意の基底 $(1)$ を含む基底 $(16)$ が存在する。
部分空間の正規直交基底を含む正規直交基底
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に含まれる $d$ 次元
部分空間を $U$ とし、
$U$ の
正規直交基底を
とする。
このとき $V$ には、 $U$ の正規直交基底を含む正規直交基底
が存在する。
すなわち、
ベクトル空間には
部分空間の任意の正規直交基底を含む正規直交基底が存在する。
証明
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に含まれる $d$ 次元部分空間を $U$ とし、
$U$ の正規直交基底を
$$
\tag{1}
$$
とする。
正規直交基底であるので、
$$
\tag{2}
$$
が成り立つ。
ここで $\delta_{ij}$ は
クロネッカーのデルタであり、
$U$ の任意のベクトルが $(1)$ の線形結合によって表される。
$U$ は $V$ の部分空間の
基底であるので、
$V$ には $(1)$ を含む基底が存在する
(
部分空間の基底を含む基底が存在するを参考)
それを
$$
\tag{3}
$$
と表すことにする。
$(3)$ は $V$ の
基底であるので、
互いに線形独立なベクトルである。
したがって、
グラムシュミットの直交化法により、
これらから $V$ の正規直交基底を生成することができる。
ただし、$(3)$ の中の
$$
\tag{4}
$$
の部分は、
既に $(2)$ を満たす正規直交化されたベクトルであるので、
残りのベクトルを以下のように定義して、
$V$ の正規直交基底を構成する。
まず初めに、
$(4)$ とベクトル
$\mathbf{v}_{d+1}$
からベクトル
$
\mathbf{u}_{d+1}
$
を
と定義する。
ここで、$N_{d+1}$ は
規格化定数
である。
こうすると、
$(2)$ から $\mathbf{u}_{d+1}$ は、
を満たすので、
$(2)$ と合わせると、
$$
\tag{5}
$$
が成り立つ。
すなわち、
$$
\tag{6}
$$
は互いに直交し、ノルムが $1$ のベクトルになる。
次に、
$(6)$ と $\mathbf{v}_{d+2}$ からベクトル
$
\mathbf{u}_{d+2}
$
を
を定義する。
ここで、$N_{d+2}$ は
規格化定数
である。
こうすると、
$(5)$ から $\mathbf{u}_{d+2}$ は、
を満たす。
これと $(5)$ から
が成り立つので、$d+2$ 個のベクトル
は互いに直交し、
ノルムが $1$ のベクトルになる。
このような方法で順に
$\mathbf{u}_{d+3}$,$\mathbf{u}_{d+4}$, $\cdots$, $\mathbf{u}_{d+n}$ を定義すると、
$n$ 個のベクトル
が互いに直交するノルムが $1$ のベクトルになる。
すなわち、
を満たすベクトルになる。
これは
正規直交基底の定義そのものであるので、
次のことが示された。すなわち、
$n$ 次元ベクトル空間 $V$ には、
$d$ 次元部分空間 $U$ の正規直交基底を含む
正規直交基底が存在する。