ロバートソンの不等式とケナードの不等式

ロバートソンの不等式
  物理量 $Q$ の標準偏差 $σ(Q)$ と、 物理量 $P$ の標準偏差 $σ(P)$ の積には、
ロバートソンの不等式
が成立する。 この式をロバートソンの不等式(Robertson inequality)、 またはロバートソンの不確定性原理という。
  以下では有限次元の量子系に対する証明を記す。 従って、量子状態や物理量は全て行列である。

証明
  任意の量子状態を $\rho$ 、任意の物理量を $A, B$ とする。 交換子 $[A,B] =AB-BA$ の期待値は、トレースの線形性により、
$$ \tag{1} $$ である。ここで 随伴行列の性質 や $\rho$,$A$,$B$ が エルミートであること、 および、トレースの循環性から、 \begin{eqnarray} \mathrm{Tr}[\rho BA] &=& \big( \mathrm{Tr}[\rho BA]^* \big)^* \\ &=& \mathrm{Tr}[(\rho BA)^{\dagger}]^{*} \\ &=& \mathrm{Tr}[A^{\dagger} B^{\dagger} \rho^{\dagger}]^{*} \\ &=& \mathrm{Tr}[A B \rho]^{*} \\ &=& \mathrm{Tr}[\rho A B ]^{*} \end{eqnarray} と表せることと、 $(1)$ を用いると、 \begin{eqnarray} \left| \langle [A, B] \rangle \right|^2 &=& \left|\mathrm{Tr}[ \rho AB] - \mathrm{Tr}[\rho BA] \right|^2 \\ &=& \left| \mathrm{Tr}[\rho AB] - \mathrm{Tr}[\rho AB]^{*} \right|^2 \\ &=& \left| 2i \mathrm{Im} \left[ \mathrm{Tr}[\rho AB] \right] \right|^2 \\ &=& 4 \mathrm{Im} \left[ \mathrm{Tr}[\rho AB] \right]^2 \end{eqnarray} を得る。 これより \begin{eqnarray} \left| \langle [A, B] \rangle \right|^2 &=& 4 \mathrm{Im} \left[ \mathrm{Tr}[\rho AB] \right]^2 \\ &\leq& 4 \mathrm{Im} \left[ \mathrm{Tr}[\rho AB] \right]^2 +4 \mathrm{Re} \left[ \mathrm{Tr}[\rho AB] \right]^2 \\ &=& 4 \left| \mathrm{Tr}[\rho AB] \right|^2 \end{eqnarray} $$ \tag{2} $$ である。 ところで $\mathrm{Tr}[\rho AB]$ は、 \begin{eqnarray} \mathrm{Tr}[\rho AB] &=& \mathrm{Tr}[\rho^{\frac{1}{2}} \rho^{\frac{1}{2}} AB] \\ &=& \mathrm{Tr}[\rho^{\frac{1}{2}} AB\rho^{\frac{1}{2}} ] \\ &=& \mathrm{Tr}[ \big( A\rho^{\frac{1}{2}} \big)^{\dagger} B\rho^{\frac{1}{2}} ] \\ &=& ( A \rho^{\frac{1}{2}}, B\rho^{\frac{1}{2}} )_{\mathcal{HS}} \end{eqnarray}
と表せる。 ここで $ ( \cdot, \cdot )_{\mathcal{HS}}$ は、ヒルベルト・シュミット内積である。 これと $(2)$ により、 \begin{eqnarray} \left| \langle [A, B] \rangle \right|^2 &\leq& 4 \left| \mathrm{Tr}[\rho AB] \right|^2 \\ &=& 4 \big| ( A \rho^{\frac{1}{2}}, B\rho^{\frac{1}{2}} )_{\mathcal{HS}} \big|^2 \\ &\leq& 4 \| A \rho^{\frac{1}{2}} \|^2 \| B \rho^{\frac{1}{2}} \|^2 \end{eqnarray} $$ \tag{3} $$ を得る。 最後の不等号ではシュワルツの不等式を用いた。 ここで、 ヒルベルト・シュミット内積の定義から、 \begin{eqnarray} \| A \rho^{\frac{1}{2}} \|^2 &=& ( A \rho^{\frac{1}{2}}, A \rho^{\frac{1}{2}} )_{\mathcal{HS}} \\ &=& \mathrm{Tr} \big[ ( A \rho^{\frac{1}{2}})^{\dagger} A \rho^{\frac{1}{2}}\big] \nonumber\\ &=& \mathrm{Tr} \big[ (\rho^{\frac{1}{2}})^{\dagger} A^{\dagger} A \rho^{\frac{1}{2}}\big] \nonumber\\ &=& \mathrm{Tr} \big[ \rho^{\frac{1}{2}} A A \rho^{\frac{1}{2}}\big] \nonumber\\ &=& \mathrm{Tr} \big[ \rho^{\frac{1}{2}} \rho^{\frac{1}{2}} A^2 \big] \nonumber\\ &=& \mathrm{Tr} \big[ \rho A^2 \big] \nonumber\\ &=& \langle A^2 \rangle \end{eqnarray} と表せる。同様に \begin{eqnarray} \| B \rho^{\frac{1}{2}} \|^2 &=& \langle B^2 \rangle \end{eqnarray} と表せることから、 $(3)$ を \begin{eqnarray} \left| \langle [A, B] \rangle \right|^2 &\leq& 4\langle A^2 \rangle \langle B^2 \rangle \end{eqnarray} と書き直せる。
  この不等式は \begin{eqnarray} A&=&Q - \langle Q \rangle \\ B&=&P - \langle P \rangle \end{eqnarray} の場合 ($Q$ と $P$ は物理量)、

\begin{eqnarray} &&\left| \langle [Q - \langle Q \rangle, P - \langle P \rangle] \rangle \right|^2 \\ && \leq 4\langle (Q - \langle Q \rangle)^2 \rangle \langle (P - \langle P \rangle)^2 \rangle \end{eqnarray}
と表されるが、 左辺の交換子が $$ [Q - \langle Q \rangle, P - \langle P \rangle] = [Q, P] $$ を満たすので、 $$ \left| \langle [Q, P] \rangle \right|^2 \leq 4\langle (Q - \langle Q \rangle)^2 \rangle \langle (P - \langle P \rangle)^2 \rangle $$ を得る。$Q$ と$P$ の標準偏差をそれぞれ \begin{eqnarray} \sigma(Q) &=& \langle (Q - \langle Q \rangle)^2 \rangle^{\frac{1}{2}} \\ \sigma(P) &=& \langle (P - \langle P \rangle)^2 \rangle^{\frac{1}{2}} \end{eqnarray} と定義すると、 $$ \frac{1}{4} \left| \langle [Q, P] \rangle \right|^2 \leq \sigma(Q)^2 \sigma(P)^2 $$ と表される。これより、 $$ \sigma(Q) \sigma(P) \geq \frac{1}{2}\left| \langle [Q, P] \rangle \right| $$ を得る。

ケナードの不等式
  物理量 $Q$ と物理量 $P$ が \begin{eqnarray} QP-PQ = i \hbar \end{eqnarray} を満たすとき ($\hbar = h/2\pi$ ($h$はプランク定数))、 \begin{eqnarray} \frac{1}{2}\hbar \leq \sigma(Q) \sigma(P) \end{eqnarray} が成り立つ。 これをケナードの不等式という。
 
証明
  任意の物理量 $Q, P$ に対する標準偏差をそれぞれ $\sigma(Q), \sigma(P)$ とすると、 ロバートソンの不確定性原理によって \begin{eqnarray} \frac{1}{2}\left| \langle [Q, P] \rangle \right| \leq \sigma(Q) \sigma(P) \end{eqnarray} が成り立つ。 $Q$ と $P$ が $$ [Q, P] = i\hbar $$ を満たす場合、 $$ \frac{1}{2}\left| \langle i \hbar \rangle \right| \leq \sigma(Q) \sigma(P) $$ である。ここで任意の量子状態を $\rho$ とすると、 $\mathrm{Tr} [ \rho ] = 1$ であるので、 $$ \langle i \hbar \rangle = \mathrm{Tr} [ i\hbar \rho ] = i\hbar \mathrm{Tr} [ \rho ] = i\hbar $$ である。 これらより $$ \frac{1}{2}\hbar \leq \sigma(Q) \sigma(P) $$ が成り立つ。

補足: ハイゼンベルグの不確定性原理との違い
    ケナードの不等式をハイゼンベルグの不確定性原理と呼ぶこともあるが、 正確には異なる。ケナードの不等式が二つの物理量の標準偏差の積に対する不等式であるのに対して、ハイゼンベルグの不確定性原理は、 一つの物理量 $Q$ を測定したときに発生する誤差 $\epsilon(Q)$ と、 そのときに別の物理量 $P$ が受ける影響(擾乱と呼ぶ) $\eta(P)$ が次の不等式を 満たすというものである。すなわち $$ \epsilon(Q) \eta(P) \geq \frac{1}{2}\hbar $$ である。
  近年、ハイゼンベルグの不確定性原理が必ずしも成立せず、 代わりに別の不等式が成立することを示す研究が行われた。