ベクトル空間
ベクトル空間の定義
議論を簡潔にするために、
本ページでは実ベクトル空間を取り扱う。
以下の関係
$(\mathrm{I}.1)$ ~ $ (\mathrm{II}.5)$
を満たす集合 $V$ を実ベクトル空間という。
任意の
$\mathbf{x},\mathbf{y}\in V$
に対して、
和が "$+$" が定義されていて、
$$
\tag{I.1}
$$
$$
\tag{I.2}
$$
が成り立つ。
任意の
$\mathbf{x},\mathbf{y},\mathbf{z}\in V$
に対して
$$
\tag{I.3}
$$
が成り立つ。
任意の $\mathbf{x} \in V$ に対し、
$$
\tag{I.4}
$$
を満たす $\mathbf{0} \in V$ が存在する。
"$\mathbf{0}$" を
零ベクトルという。
任意の $\mathbf{x} \in V$ に対し、
$$
\tag{I.5}
$$
を満たす $\mathbf{x}'$ が存在する。
$\mathbf{x}'$
を $\mathbf{x}$
の
逆ベクトルという。
以上は、
加法の公理と呼ばれる。
$\mathbf{R}$ を実数全体の集合とする。
任意の
$\mathbf{x}\in V$と任意の $\alpha \in \mathbf{R}$ に対して、
スカラー倍
"$\alpha \mathbf{x}$"
が定義されていて、
$$
\tag{II.1}
$$
である。
任意の
$\mathbf{x},\mathbf{y} \in V $
と任意の
$\alpha \in \mathbf{R}$ に対して、
$$
\tag{II.2}
$$
が成り立つ。
任意の
$\mathbf{x} \in V $
と任意の
$\alpha, \beta \in \mathbf{R}$ に対して、
$$
\tag{II.3}
$$
$$
\tag{II.4}
$$
が成り立つ。
任意の $\mathbf{x} \in V $ に対して、
$$
\tag{II.5}
$$
が成り立つ。以上の
$(\mathrm{II}.1)$
~
$(\mathrm{II}.5)$
を
スカラー倍の公理という。
以上の定義から、ベクトル空間の基本的な性質が導かれる (以下を参考)。
例
$(1)$
実数を成分とする2行1列の行列全体を $\mathbf{R}^2$ とし、
任意の $\mathbf{x}, \mathbf{y} \in \mathbf{R}^2$ を
と表す。
このとき、
加法 "+" を
$$
\tag{2.1}
$$
と定義し、
任意の $\alpha \in \mathbf{R}$ に対して、
スカラー倍を
$$
\tag{2.2}
$$
と定義する。
このとき、
$\mathbf{R}^2$
はベクトル空間を成す。
$(2)$
正の実数を成分とする2行1列の行列全体を
$\mathbf{R}^{2}_{+}$ とし、
加法とスカラー倍をそれぞれ
$(2.1)$
と
$(2.2)$
によって定義すると、
$\mathbf{R}^{2}_{+}$
はベクトル空間を成さない。
解説
$(1)$
ベクトル空間を成すかどうかを順に確認する。
任意の
$\mathbf{x}, \mathbf{y} \in \mathbf{R}^2$
に対して
であるので、
$(\mathrm{I}.1)$ は満たされる。
であるので、
$(\mathrm{I}.2)$ は満たされる。
任意の
$\mathbf{z} \in \mathbf{R}^2$
の成分を
と表すと、
であるので、
$(\mathrm{I}.3)$ は満たされる。
$\mathbf{R}^2$に属する
は、
任意の
$\mathbf{x} \in\mathbf{R}^2$
に対して、
を満たすので、
零ベクトルである。
すなわち、
である。
よって、$\mathbf{R}^2$
には
$(\mathrm{I}.4)$
を満たす $\mathbf{0}$ が存在する。
任意の
$\mathbf{x} \in \mathbf{R}^2$
に対して、
は、
$\mathbf{R}^2$ に属し、
を満たすので、
$\mathbf{x}$ の逆ベクトルである。
すなわち、
任意の
$\mathbf{x} \in \mathbf{R}^{2}$
と
$\alpha \in \mathbf{R}$
に対して
$(\mathrm{I}.5)$
を満たすベクトルが存在する。
任意の
$\mathbf{x} \in \mathbf{R}^{2}$
に対して
であるので、
$(\mathrm{II}.1)$ は満たされる。
任意の
$\mathbf{x},\mathbf{y} \in \mathbf{R}^2 $
と任意の
$\alpha \in \mathbf{R}$ に対して、
であるので、
$(\mathrm{II}.2)$ は満たされる。
任意の
$\mathbf{x} \in \mathbf{R}^2 $
と任意の
$\alpha, \beta \in \mathbf{R}$ に対して、
であるので、
$(\mathrm{II}.3)$ は満たされる。
また、
であるので、
$(\mathrm{II}.4)$ は満たされる。
最後に、
であるので、
$(\mathrm{II}.5)$ は満たされる。
以上から、加法
とスカラー倍 をそれぞれ
$(2.1)$ と
$(2.2)$
と定義した $\mathbf{R}^{2}$
はベクトル空間を成す。
$(2)$
任意の $\mathbf{x} \in R_{+}^{2}$ には逆が存在しない。
すなわち、
を満たす
$
\mathbf{x}'
$
は存在しない。
例えば、
の逆ベクトルは
と考えたくなるが、
これは $\mathbf{x} \in R_{+}^{2}$ に属さない (負の成分であるから)。
したがって、
$R_{+}^{2}$ はベクトル空間を成さない。
零ベクトルは唯一つ
零ベクトル
$(\mathrm{I}.4)$ は、
ベクトル空間 $V$ の中で唯一つのベクトルである。
証明
零ベクトルが二つ存在するとし、
$\mathbf{0}$ と $\mathbf{0}'$ と表す。
$\mathbf{0}$ が
零ベクトルであることから、
$(\mathrm{I}.4)$
より、
任意の $\mathbf{x}\in V$
に対して、
が成り立つ。
$\mathbf{x}=\mathbf{0}'$
の場合にも成り立つので、
$$
\tag{3.1}
$$
を得る。同じように、
$\mathbf{0}'$ も零ベクトルであるので、
任意の $\mathbf{x}\in V$
に対して、
が成り立つ。
$\mathbf{x}=\mathbf{0}$
の場合にも成り立つので、
$$
\tag{3.2}
$$
を得る。
以上の
$(3.1)(3.2)$
と
$(\mathrm{I}.1)$
から、
を得る。
これは、二つの零ベクトル
$\mathbf{0}$ と $\mathbf{0}'$
が同一のベクトルであることを表している。
したがって、零ベクトルは唯一つである。
逆ベクトルは唯一つ
ベクトル空間の定義
$(\mathrm{I}.5)$
より、任意の
$\mathbf{x} \in V$
に対して
$$
\tag{4.1}
$$
を満たす $\mathbf{x}'$
が存在する。
このような $\mathbf{x}'$ が唯一つである
(下で証明) 。
これを
逆ベクトルといい、
と表すことにすると、
$(4.1)$
は
$$
\tag{4.2}
$$
と表される。加えて、
と略記するルールを用いると、
$(4.2)$
は
と表される。
証明
任意の
$\mathbf{x} \in V$
に対して、
逆ベクトル
($(4.1)$
を満たすベクトル)
が二つあるとする。
その二つの逆ベクトルを
$\mathbf{x}'$
,
$\mathbf{x}''$
と表すことにすると、
が成り立つ。
これらと
$(\mathrm{I}.4)$
と
$(\mathrm{I}.3)$
から
が成り立つ。
これは、二つのベクトル
$\mathbf{x}'$ と $\mathbf{x}''$
が同一のベクトルであることを表している。
したがって、逆ベクトルは唯一つである。
基本定理
ベクトル空間
$V$
には、次の定理が成立する。
$(1)$ 任意の $\alpha \in \mathbf{R}$
に対して、
$(2)$ 任意の $\mathbf{x} \in V$
に対して、
$(3)$ 任意の $\mathbf{x} \in V$
に対して、
ここで
$\mathbf{0}$
と
$-\mathbf{x}$
はそれぞれ $V$
の
零ベクトルと
逆ベクトルである。
諸性質
ベクトル空間
$V$
には、次の性質がある。
$(\mathrm{a})$
任意の $\mathbf{x} \in V$
に対して、
$(\mathrm{b})$ $\mathbf{x} \in V$ と
$\alpha \in \mathbf{R}$ に対して、
$(\mathrm{c})$ $\mathbf{x}, \mathbf{y} \in V$ と
$\alpha, \beta \in \mathbf{R}$ に対して、