アダマールの補題 (Hadamard's lemma) の証明
正方行列 $A$ からなる指数関数 $e^{A}$ と $A$ と同じ行と列の数を持つ正方行列 $B$ の間には
が成り立つ。
これを
アダマールの補題 (Hadamard's lemma) という。
ここで、$[A,B]$ は
であり、交換子 (Commutator) と呼ばれる。
準備:
行列の指数関数 $e^A$ は
$$
\tag{1}
$$
と定義される。
同じように $e^{-A}$ は、
$$
\tag{2}
$$
である。
一方、交換子
を用いて、
記号 $[A,B]_{i}$ $(i=0,1,\cdots)$ を
$$
\tag{3}
$$
によって定義する。
具体的に表すと、
である。
$[A,B]_{i}$ の添え字 $i$ は交換子の括弧の重なりの数に等しくなる。
これらを用いると、アダマールの補題は
$$
\tag{4}
$$
と表される。
証明:
$(1)$ と $(2)$ より、
$$
\tag{5}
$$
である。
ここで右辺は $A^{i}BA^{j} $ の形をした行列の積の線形結合である。
したがって、
これらを $A$ の次数 ($A$ が 掛けられている数) ごとに
$$
\tag{6}
$$
とまとめることが可能ある。
例えば、
である。
$A$ の $k$ 次の項 ($A$ が $k$ 回掛けられている項) は、
必ず$(5)$ の左側の
に含まれる $k$ 次以下の項
$
\frac{1}{i!}A^{i} \hspace{1mm} (i \leq k)
$
と
右側の
に含まれる $k-i$ 次の項
$
\frac{1}{(k-i)!}(-A)^{(k-i)} \hspace{1mm} (k-i \leq n)
$
の積から成る。
すなわち、
$(5)$に含まれる $A$ の $k$ 次の項は、
の形をした項に限る。
$(5)$ には
このような項が $i=0,1,\cdots, k$ の分だけ含まれるので、
である。これと $(6)$ より、
$$
\tag{7}
$$
と表せる。最後の行で組み合わせの記号
を用いた。
続いて、$A$ の $k$ 次の項に対し
$$
\tag{8}
$$
が成り立つことを数学的帰納法によって証明する。
ここで $[A,B]_{k}$ は $(3)$ で定義された記号である。
$k=0$ の場合、
$$
\tag{9}
$$
であるので、$(7)$ が成り立つ。
続いて $k=s$ の場合に $(8)$ が成り立つと仮定する。
このとき、
$(3)$ より $[A, B]_{s+1}$ を
と表せるが、この中の組み合わせの和の部分が
とまとめられるので、
$$
\tag{10}
$$
が成り立つ。すなわち、
$k=s+1$ の場合の $(8)$ が成り立つ。
以上の $(9)$ と $(10)$ により、
任意の $k$ に対して $(8)$ が成り立つことが分かった。
そこで
$(8)$ を $(7)$ に代入すると、
$(3)$ からアダマールの補題
を得る。