固有値、固有ベクトルの基礎と具体例
固有値と固有ベクトルの定義
正方行列 $A$ に対し、
の関係を満たす数 $\lambda$ とベクトル $\mathbf{x}_{\lambda}$ を、
それぞれ $A$ の
固有値と
固有ベクトルという
(
例1) 。
任意の正方行列には固有値と固有ベクトルが存在する
(
固有値の存在を参考)。
固有値と固有ベクトルの存在
任意の正方行列 $A$ には固有値と固有ベクトルが存在する。
すなわち、$A$ には
を満たす $\lambda$ と $\mathbf{x}_{\lambda}$ が存在する。
証明
$A$ を $n$ 次正方行列とし、
$I$ を $n$ 次の単位行列とする。
$\lambda$ を変数とする行列式方程式
$$
\tag{1}
$$
には複素数の範囲に解が存在する。なぜなら、
方程式 $(1)$ は $\lambda$ に関する $n$ 次方程式であるので (
行列式の定義を参考)、
代数学の基本定理によって、
複素数の範囲に解が存在することが保証される。
また、
一般に
行列式が $0$ の係数行列を持つ同次連立一次方程式は非自明な解 ($0$ でない解) が存在することが知られている。
これより、
を満たす $\mathbf{x}_{\lambda} \neq 0$ (自明でない解) が存在することになる。
これを書き換えると、
である。
以上から、
任意の正方行列 $A$ には、
固有値と固有ベクトルが存在することが示された。
$(1)$ を
固有方程式という。
補足
上では、固有値・固有ベクトルの存在を証明する目的があったので、
「固有方程式 ⇒ 固有値/固有ベクトル」の順序で議論したが、
通常は以下のように「固有値/固有ベクトル ⇒ 固有方程式」の順序で議論される。
固有方程式の解 = 固有値
$n$ 次正方行列 $A$ の
固有値を $\lambda$ とし、
固有値が $\lambda$ になる
固有値ベクトルを $\mathbf{x}_{\lambda}$ とする。
これより、
が成り立つ。ここで $I$ は単位行列である。
この式は
同次連立一次方程式であるので、
$\mathbf{x} \neq 0$ の解を持つための必要十分条件は、
係数行列の行列式が $0$ になることである
(
「自明な解でない解を持つ ⇔ 行列式=0」を参考)。
すなわち、
が成り立つことである。
この方程式を
固有方程式という。
左辺は $n$ 次正方行列の行列式であるので、
固有方程式は $\lambda$ に関する $n$ 次方程式である
(
行列式の定義を参考)。
そして固有方程式の解が行列 $A$ の固有値である
(
例2)。
固有多項式の因数分解
$n$ 次正方行列に対する
固有方程式
の左辺
は、$n$ 次多項式である
(
行列式の定義を参考)。
これを
固有多項式という。
固有多項式は
$A$ の固有値 $\lambda_{1}, \lambda_{2}, \cdots \lambda_{n}$ によって
と因数分解可能である
(
例3)。
証明
関数
$$
\tag{1}
$$
は $n$ 次多項式である
(
行列式の定義を参考)。
したがって、
方程式
$$
\tag{2}
$$
は $n$ 次方程式であり、
代数学の基本定理によって、
複素数の範囲に必ず解が存在する。
この解を $\lambda_{1}$ とすると、
を満たすので、
因数定理により、
$f(\lambda)$ を
と表せる。
ここで $f_{n-1}(\lambda)$ は $n-1$ 次多項式である。
続いて方程式
は $n-1$ 次方程式である。
したがって、
代数学の基本定理によって、
この方程式には複素数の範囲に必ず解が存在する。
その解を $\lambda_{2}$ とすると、
と表せる。
ここで $f_{n-2}(\lambda)$ は $n-2$ 次多項式である。
以上から、$f(\lambda)$ を
と表せる。
同様の論法を繰り返してゆくと、
最後には、一次式が現れ、$f(\lambda)$ を
と表せる。
これより、$f(\lambda)$ が
$$
\tag{3}
$$
と因数分解されることが分かった。ここで $\lambda_{n} = d/C$ である。
この因数分解と $(1)$ と $(2)$ から
が成り立つが、
$\lambda$ は $A$ に対する固有方程式 $(2)$ の解であるので (
代数学の基本定理)、
$A$ の固有値である。
したがって、
因数分解 $(3)$ に含まれる $\lambda_{i}$ は $A$ の固有値である。
固有ベクトルの不定性
固有ベクトルは唯一つに定まらずに、不定性が残る
(
例4)。
証明
$n$ 次正方行列 $A$ の
固有値を $\lambda$ とし、
固有値が $\lambda$ になる
固有値ベクトルを $\mathbf{x}_{\lambda}$ とする。
これより、
$$
\tag{1}
$$
が成り立つ。ここで $I$ は単位行列である。
行列 $\lambda I - A$ の列ベクトルを
$$
\tag{2}
$$
とする。すなわち、
とする。
また、$\mathbf{x}$ を
と表すと、$(1)$ は、
と表される。
ゆえに $(2)$ は互いに
線形従属なベクトル集合である。
なぜなら、
$\mathbf{x}_{\lambda} \neq 0$ であるので、
$\mathbf{x}_{\lambda}$ の各成分のうち少なくてもどれか一つが $x_{i} \neq 0$ となるからである。
$(2)$ が線形従属であるので、
$(2)$ の中に含まれる線形独立なベクトルの数は多くてもせいぜい $n-1$ 個である。
したがって
ランクの定義から、
である。
これより、
である。
左辺は同次連立一次方程式 $(1)$ の解空間の次元である
(
「同次連立一次方程式の解空間の次元」を参考)。
そこで、
とすると、
$(1)$ の解 $\mathbf{x}_{\lambda}$ は $d$ 個の線形独立なベクトルの線形結合で表される。
すなわち、
のように表される。ここで $\mathbf{b}_{i}$ は
($(1)$ の解空間の
基底を成す) 互いに線形独立なベクトルであり、$C_{i}$ は線形結合の係数である。
以上のように $(1)$ の解 $\mathbf{x}_{\lambda}$ には不定係数 $C_{i}$ が含まれるので、
唯一つに定まらない。
$\mathbf{x}_{\lambda}$ は $A$ の固有ベクトルであるので、
次の結論を得る。
すなわち、
$A$ の固有ベクトルは唯一つに定まらない。
固有ベクトルは線形独立
固有値の異なる固有ベクトルは、
互いに
線形独立である
(
例5)。
証明
行列 $A$ の固有値が異なる
固有ベクトルを
とする。
すなわち、
$$
\tag{1}
$$
とする。
これに対し、
$$
\tag{2}
$$
が成り立つのが
の場合のみであれば、
$\mathbf{u}_{1}, \mathbf{u}_{2}, \cdots, \mathbf{u}_{n}$ は互いに線形独立である
(
線形独立の定義を参考)。
以下ではこのことを証明する。
$(2)$ に行列 $A$ を掛けて、$(1)$ を用いると、
を得る。
もう一度 $A$ を掛けて、再び $(1)$ を用いると、
を得る。
このような操作を $n-1$ 回繰り返し、
$(2)$ も含めて並べると、
を得る。
これらは行列を用いて
$$
\tag{3}
$$
とまとめられる。ここで、行列 $V$ を
と定義し、
行列 $O$ を
と定義すると、$O$ は、
全ての成分が $0$ の正方行列であり、
$(3)$ は、
$$
\tag{4}
$$
と表される。ここで $V^{T}$ は $V$ の
転置行列である。
ところで、$V$ はヴァンデルモンド行列と呼ばれる行列であり、
行列式が
であることが知られている (
ヴァンデルモンドの行列式を参考)。
具体的に表すと、
である。
従って、$(1)$ から
である。
また、
転置行列の行列式の性質から、
であるので、
である。
行列式が $0$ でない行列は逆行列を持つので、
を満たす $(V^{T})^{-1}$ が存在する。
これと $(4)$ より、
が成立する。
これより、
$(i=1,2,\cdots,n)$ であるが、
各 $\mathbf{u}_{i}$ は固有ベクトルであるので、
である。よって、
である。
以上から、
固有ベクトル
$\mathbf{u}_{1}, \mathbf{u}_{2}, \cdots, \mathbf{u}_{n}$ は、
互いに
線形独立なベクトルである。
例1: 固有値と固有ベクトル
行列
とベクトル $\mathbf{x}$
は、
の関係にあるので、
値 $3$ は $A$ の固有値である。
また、
ベクトル $\mathbf{x}$ は $A$ の (固有値が $3$ になる) 固有ベクトルである。
例2: 固有方程式と固有値の導出
行列
の固有値と固有ベクトルをそれぞれ $\lambda$ と $\mathbf{x}_{\lambda}$ とする。
すなわち、
とする。
これより、
が成り立つ。
$\mathbf{x}_{\lambda} \neq 0$ であるので、
係数行列の行列式は $0$ である
(
「自明な解でない解を持つ ⇔ 行列式=0」を参考)。
すなわち、
が成り立つ。
これが行列 $A$ に対する固有方程式である。
左辺が
$2 \times 2$ の行列式であるので、
固有方程式は
と表される $2$ 次方程式である。
これより、固有値が
と求まる。
例3: 固有多項式と因数分解
行列
\begin{eqnarray}
A=\left[
\begin{array}{cc}
1 & 2
\\
2 & 1
\end{array}
\right]
\end{eqnarray}
の固有方程式は
\begin{eqnarray}
\left|
\begin{array}{cc}
\lambda - 1 & -2
\\
-2 & \lambda - 1
\end{array}
\right|
= 0
\end{eqnarray}
であり、
これより、固有値は
\begin{eqnarray}
\lambda = 3,-1
\end{eqnarray}
$$
\tag{1}
$$
である (
例2)。
固有方程式の左辺を
$$
f(\lambda) = \left|
\begin{array}{cc}
\lambda - 1 & -2
\\
-2 & \lambda - 1
\end{array}
\right|
$$
と置くと、
$f(\lambda)$ は $2$ 次多項式であり、
$A$ に対する固有多項式と呼ばれる。
$(1)$ から
$f(\lambda)$ は
\begin{eqnarray}
f(\lambda) = (\lambda - 3)(\lambda + 1)
\end{eqnarray}
と因数分解されることが分かる。
例4: 固有ベクトルの導出
行列
の固有値 $\lambda$ は
である (
例2を参考)。
固有ベクトルを
と表すことにすると、
$
\lambda = 3
$
の場合、
$
A \mathbf{x} = \lambda \mathbf{x}
$
は、
と表される。これより、
が成り立つ。これらから、
を得るので、固有ベクトルは、
$$
\tag{1}
$$
である。
$
\lambda = -1
$
の場合、
$
A \mathbf{x} = \lambda \mathbf{x}
$
は、
と表される。これより、
が成り立つ。これらから、
を得るので、固有ベクトルは、
$$
\tag{2}
$$
である。
このように
どちらの固有値であっても固有ベクトルには 定数 $x_{1}$ の分の不定性が残る (
固有ベクトルの不定性を参考)。
したがって、
$x_{1}$ が ($0$ を除く) どんな値であっても $(1)$ と $(2)$ は、 $A$ の固有ベクトルである。
例5: 線形独立性
ベクトルは、
$$
\tag{1}
$$
行列
の固有ベクトルである (
例3を参考)。
これらに対して
$$
\tag{2}
$$
が成り立つのは、
のみである。実際 $(1) (2)$ から、
であり、
これらは連立一次方程式
であるので、$a_{1} = a_{3} = 0$ を得る。
例6: 2行2列の行列の固有値
2行2列の行列
の固有値を求めよ。
解答例
2行2列の行列
の固有値をそれぞれ $\lambda$ とする。
固有方程式 は
である。
ここで
$I$
は
単位行列である。
具体的に表すと、
である。
これは、
2行2列の行列式であるので、
と表せる。
整理すると、
$\lambda$ に関する2次方程式
となる。
よって、
2次方程式の解の公式から
と固有値が得られる。
固有値の積は行列式
任意の正方行列 $A$ の行列式は、$A$ の固有値を全て掛けた積に等しい。すなわち、
が成立する。
ここで、$A$ は、$n$ 次正方行列であり、$\lambda_{1}, \lambda_{2}, \cdots, \lambda_{n}$ は、その固有値である。
固有値の和 = トレース
任意の $n$ 次正方行列 $A$ の固有値を
$\lambda_{i} (i=1,2 \cdots, n)$ とするとき、
$A$ のトレースは、
$A$ の固有値の総和に等しい。
すなわち、
\begin{eqnarray}
\mathrm{Tr}[A]
= \sum_{i=1}^{n} \lambda_{i}
\end{eqnarray}
が成り立つ。
このことから、トレースを
固有和と呼ぶこともある。
対角化された行列の対角成分は固有値
$A$ を対角化可能な行列とするとき、すなわち、
を満たす対角行列 $\Lambda$ と正則行列 $R$ が存在するとき、
$\Lambda$ の
対角成分は$A$ の
固有値である。
対角化可能な行列の固有空間の次元は固有方程式の重複度
行列が対角化可能であるならば、
任意の固有値の固有空間の次元が、
その固有値に対応する固有方程式の重複度に等しい。
すなわち、
が成立する。
ここで $E_{\lambda_{i}}$ は、
固有値 $\lambda_{i}$ の固有空間であり、
$m$ は、
固有方程式における
$\lambda_{i}$ の重複度である。
固有値と固有ベクトルの摂動論
行列 $A$ の固有値 $\lambda_{i}$ と固有ベクトル $\mathbf{x}_{i}$ が既に分かっているとき、
$A$ と僅かに異なる行列 $A + \delta A$ の固有値 $\lambda_{i}'$ と固有ベクトル $\mathbf{x}_{i}'$ は、
それぞれ
と近似的に表される。
ただし、
$A$ は
固有値の異なる固有ベクトルが直交し、
固有ベクトルが正規直交基底を成す行列であるとする(例えば
正規行列が典型的な例である)。
また、
$A$ のそれぞれの固有値の重複度が $1$ である(縮退がない)ものとする。